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レポート

第19回 ワークショップ
【電子オルガン部会】

全日本電子楽器教育研究会電子オルガン部会主催のワークショップが、電子オルガン科開設10周年を迎えた洗足学園大学で開かれた。テーマは“電子オルガン音楽における独自の音色について考える”。同大学で教鞭をとる作曲家三氏(寺島尚彦氏、安彦善博氏、菊地雅春氏)を中心に、わかりやすいレクチャーコンサートの形式で行われた。

日 時 '98年7月11日(土) 16:00〜18:30
場 所 洗足学園大学 横浜キャンパスA101スタジオ
主 催 全日本電子楽器教育研究会 電子オルガン部会
共 催 洗足学園大学、洗足学園短期大学
テーマ 電子オルガン音楽における独自の音色について考える


 第1部は、作曲家三氏の作品を紹介し、テーマに沿った“音色について”、また、作曲に対する考え方などが語られた。
 1曲目は、寺島尚彦作曲“電子オルガンのためのソナチネII”。氏の意図はそのタイトルからもうかがえるように、電子オルガンを普遍的楽器としてとらえ、(古典的)形式感に挑戦したもの。楽譜(曲)が先にあり、その表現手段として音色(電子音)が選ばれる。確かに、日本調を感じさせる部分においても、「邦楽器の音色だからではなく」、音形から音色を伴い表現される。寺島氏は「作曲者は勿論、楽譜を通して音色が演奏者に伝わるかが大事」と、演奏者の感性にも話が及んだ。
2曲目は、安彦善博作曲“海へ”。氏の前作に“星たちへ”“空へ”があり、3部作の3曲目にあたる。氏の作品は、作曲者のイメージが(言葉で)演奏者に伝えられ、演奏者と共に音色が作られる。例えば「深海の中」といったイメージである。「作曲者が創造者なら、演奏者は再創造者」として、この日、初演時(別の演奏者の音色)との比較も行われた。「オーケストラでは出せない音色が、電子オルガンで曲を作る意味」と安彦氏は言う。
3曲目は、菊地雅春作曲“エレクトロニック・サウンド・ポエム「宰(おさむ)」”。菊地氏は長年電子オルガンに関わってきた事もあって、「音色から発想することが多い」と言う。この曲は21才で夭折した矢沢宰の詩から得た心象・イメージを音・音楽にしたもので、作曲者自身の作った音色で演奏された。これを「ベーシックレジスト」とするなら、「リメークは奏者の感性、経験による奏者の責任」であり、やはり演奏者の音色を含めた表現力が重要となる。

 第2部は、ピアノ曲の電子オルガン・アンサンブルとして、ラヴェルの“道化師の朝の歌”とムソルグスキーの“展覧会の絵”が洗足学園大学・同短大の講師、学生、卒業生により演奏され(指揮:大木孝雄氏)、編曲・音色について解説が加えられた。編曲は前述3名の先生方を含む7名の講師陣によるもの。“展覧会の絵”はラヴェルによるオーケストラ版があるが、「極力それを意識しないで」電子オルガン(電子音)版の編曲そして音色が作られた。40分になろうかというこの曲は、それぞれのタイトルから来るイメージに自由な(既存楽器のイメージから離れた)音色が施され、興味深く聴くことができた。「標題音楽は電子オルガンに向く」のかもしれない。
今回のワークショップでは、電子オルガン音楽の可能性と、音色を語るとき演奏者の感性・音楽性の重要性がクローズアップされた。一方、日々技術的に進歩する音色に関して、「ありすぎる」「(技術的に)限界に挑戦しているよう」と困惑の声もあったが、「まず音楽がなくてはいけない」「作るのは音楽」という寺島氏の発言が意味深かった。今後、電子オルガンの音色が発展・増大し続けるとしたら、このテーマも角度を変えつつ語り続けられる事だろう。




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